福井地震から75年経ったという地方紙の記事を見かけたが、このような大きな被害地震も、起こるべき「必然性」というと言い過ぎかもしれないが、それなりの「連なり」があり、当時私が生きていればこのようなことを指摘できたかもしれないということを書いておきたい。
■福井地震
今日のWebニュースで、『「地面の裂け目に落ちて、人が消えた…」 福井地震から75年…震源地で被災した82歳男性の証言』と題した記事が目に入った。
FNNプライムの、福井テレビの記事で、『「地面の裂け目に落ちて、人が消えた…」 福井地震から75年…震源地で被災した82歳男性の証言』と題したもの。
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1948/06/28 16:13に福井県嶺北で発生したM7.1、最大震度6の地震では、犠牲者・不明者3769人という人的被害などを伴っていた。
昭和南海地震が発生してから2年後に再度西日本を襲った大地震だった。
当時の写真を見ると、まるで空襲後の街中の写真のようだが、これは1945年7月の福井空襲からの復興途上にあったためだった。
■地震連鎖
福井地震の2週間ほど前の1948/06/15にも、紀伊水道でM6.7、最大震度4の地震が起きていた。
この2つの地震は、いずれも震源の深さが「0km」となっている。
つまり、西日本が乗っているアムールプレート上(ユーラシアプレート上)で起きた地震だった。
このことを知って、では恐らくこの前に、西の方の大陸でも大きな地震が起きていたのではないか。
そう思って調べると、起きていた。
1948/05/25:中国・四川省、M7.2、深さ25km、犠牲者800人
1948/06/27:中国・四川省、M6.1、深さ25km
1948/06/15:紀伊水道、M6.7、最大震度4、深さ0km、犠牲者2人
1948/06/28:福井地震、M7.1、最大震度6、深さ0km、犠牲者・不明者3769人
この場合も、やはり大陸→西日本の震源が浅い地震(アムールプレート上)という形の連鎖の結果だったようだ。
■西からの連鎖に注意
たとえば今年に入ってからも、02/06のトルコ・シリア地震の後で、02/23アフガニスタンM6.9→能登半島沖M6.5と連鎖した。
このように、あのあたりの日本海側では、西方で大地震が起きた後で震源が浅いところで大地震が続くことが多い。
そのことを覚えておけば、これも一つの「必然」ということで、普段はのんびりしている人々も、防災意識を高めることはできるだろう。
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